こんにちは。神田です。
いきなりですが、ここ最近の朝倉兄弟の爆走ぶり凄くないですか?
覇者の巣窟にして、荒くれ者達の更生舞台でもあるジ・アウトサイダー(THE OUTSIDER)出身の彼等。
ここまで人気が爆発する事を予想出来た人、当時何人程いたのでしょうか。
そんなアウトサイダーですが…もう一人居るんですよ。注目せずにはいられない選手が。
朝倉兄弟を喧嘩のプロとするならば、本日ご紹介するのはマジもんの本物。
背中に背負う金太郎の如く豪傑なファイター。大阪のマサカリ金太郎こと、金太郎選手のご紹介になります!!
金太郎選手とは
コロッとやられてしまいそうな愛らしい笑顔とは正反対に、気合いの入りすぎた入墨やファイトスタイルで、印象に残りまくる金太郎選手。
満を持しての登場といったところでしょうか、2/22に浜松で開催されるRIZIN21に参戦が決定しています。
当時のファンはもちろん、金太郎選手を知らなかった層からも大きな期待が集められている程に、既に存在感100%…
だったのですが!!
まさかの浜松大会、リアネイキッドチョークにて1R秒殺をかまして存在感200%になってしまいました。(一番下に試合動画貼っています)
そんな金太郎選手、まずは基本的なプロフィールからご紹介していきましょう。
プロフィール
本名:外村 雄人(ほかむら ゆうと)
生年月日:1993年3月19(うお座)
出身:大阪府八尾市
血液型:O型
身長:168cm
体重:61kg(バンタム級)
強豪ひしめくバンタム級です。いやー、日本のバンタム級は本当に粒ぞろいです。
喧嘩に明け暮れた少年時代を経て、18歳でアウトサイダーデビュー。その後はパンクラスやDEEP、といったプロの舞台でも活躍しています。
また現在はパンクラス大阪稲垣組で練習に励んでいる様ですね。
組って名前に入っていますが、普通のジムなので安心して下さい。パンクラス旗揚げの際に第1試合目を飾った、稲垣克臣さん代表のジムです。
アウトサイダー時代
朝倉未来選手が「金太郎くん、試合やろうよ」と、対戦を熱望していた程の注目度と実力を誇る金太郎選手。
アウトサイダー時代の戦績は2011年-2014年までの3年間で6戦5勝1敗、5勝全てが1R(T)K.O.です。
パンチ連打や強烈なパウンド、頭が飛びそうな威力の右フック。いずれも印象に残る勝利を収めているんですね。
唯一の黒星はデビューから3戦目。未来選手にも足首固めで勝利した戦績を持つ、樋口武大(ひぐちたけひろ)選手による腕ひしぎでした。
金太郎選手の左をかわして見事なテイクダウン、試合開始から僅か24秒という早さでの決着でした。舞台裏で我慢できずに悔し泣きをする金太郎選手…相当悔しかったのでしょう。
ですが、やられたままで終わらないのが大阪のマサカリ金太郎。
3年後のアウトサイダーでは樋口選手相手にK.O.勝利、見事リベンジを果たしています。
出典:鉞金太郎のブログより引用
樋口選手には唯一アウトサイダーで負けてる相手で今は現チャンピォン、やっぱり実力は本物の選手‼でもその相手にもしっかりKOで決める事が出来てまた新たに自信がついたし今後の格闘技人生にもモチベーションUPしました。
金太郎選手の過去
出典:鉞金太郎のブログより引用
金太郎選手だって生まれた時から金太郎だった訳ではありません。
金太郎の名に恥じぬ、または金太郎の名に相応しい実力を培ってきたからこその”現在”があるのですよね。
現在を構築する過去、金太郎選手はどんな経験をしてきたのでしょうか。
小学5年生までいじめられっ子だった
今の獲物に飢えた肉食動物みたいな目つきからは想像出来ないですが、幼少期の金太郎選手は争いごとが嫌いで、おとなしい子だったらしいです。
そんな性格もあってか、小学4年生の頃にイジメの対象になってしまうんですね。
そこで引きこもりになって……
しまっていたら、今の金太郎選手は居ないでしょう。
しばらくはイジメられていたものの、ある日ブチンときて相手をボコボコにやり返します。まぁ堪忍袋の緒が切れたと言った感じでしょうか。
その時から己の強さを認識し始めた金太郎選手は、”ちょっかいをかけられたらすぐに殴る”というスキルを身に付けてしまいます。
山に篭って修行…
喧嘩に明け暮れる日々を過ごしていた小学6〜中学時代にかけて、金太郎選手は自主的に山に篭って修行をしていたそう。
喧嘩に強くなる為のトレーニングで、ドラム缶や木などを素手で殴っていたとの事。良く骨折したりもしていたみたいですね。
そしてこの山籠りの件で、周りから「山に熊と勝負しにいってんのか、リアル金太郎やな」と言われる事に。そこからあだ名が金太郎となった事をインタビューで語っていました。
ツッコミどころソコ…?!感が否めないのは私だけでしょうか。
半グレ集団、刺青、そして少年院へ
イジメっ子を返り討ちにした事をきっかけに、己の喧嘩道精神を覚醒させてしまった金太郎選手。
中学2生の頃に、半グレ集団へ所属する事になります。印象に残る背中の刺青を彫ったのもその頃ですね。
半グレとは?
「暴力団に所属せずに犯罪を繰り返す集団」を指す語。半グレ集団とも。 語源は「グレる」の“グレ”であり「愚連隊」の“グレ”であり、また黒と白の中間にあたる灰色の“グレー”、「グレーゾーン」の“グレ”。
「ちょっとヤンチャしてた俺」
「不良少年だった俺」
なんて可愛いもんじゃないのでしょう。
刺青に関しては、本職の彫り師ではなく、素人が見よう見まねで彫ったというのですから驚きです。彫られた方は、前世は彫師さんだったのでしょうか。
当たり前の様に極道の道へ進む先輩達の背中を追い、その道を目指し修行していた金太郎選手ですが、15~17歳に少年院に入る事になります。
理由が語られていない事から、結構な事をしてしまったのかなっと思いますが…この辺りは不明です…(^^;;
出てきた頃には、そういった人達との縁は切れたという事でした。アウトサイダーに出会ったのもその頃ですね。
金太郎選手のバックボーン
いくら喧嘩が強いと言っても、格闘技はスポーツです。大前提にルールや体重、そして技術…など喧嘩が強いだけでまかり通る事が出来る競技ではありません。
ここまで金太郎選手が活躍している背景には、追い込んだ練習、積み上げてきたキャリアがあるからです。
前述した様に、中々に壮絶な過去を歩んできた金太郎選手ですが、本格的に格闘技を始めたのはいつ頃だったのでしょう。
格闘歴

退院後に本格的にキックボクシングを始め、キックボクシングのプロ興行である「DEEP KICK」に出場したりと、アグレッシブに活動していた様です。
ですがキックボクシングだけでは物足りずに、18歳の頃に総合格闘技へとキャリアチェンジ。府内にある総合格闘技闇愚羅(アングラー)にて練習に励みます。
アウトサイダーへ参戦を果たした後、DEEPやパンクラスでプロ格闘家としてのキャリアを積み上げていった金太郎選手。
更なる高みを目指す為に、現ジムである大阪稲垣組に移籍したのは2013年の21歳の頃でした。
なので、キックボクシングというよりは完全に総合格闘技がバックボーンになりますね(^ ^)
あと余談ですが、実は剣道を8年間やっていたとの事。その腕前は小学校の頃の日本の大会でトーナメント1位に輝く程と…流石の反射神経の良さです。
ファイトスタイル
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サウスポーの荒々しいファイトスタイルに、1R秒殺K.O.の大量生産。面白い試合しか出来ないんじゃないかと思うレベルで、観客を魅了してくれます。
「まさかりパンチ」や「まさかりキック」と呼ばれる殺傷能力無限大の必殺技や、ケージ(リング)外にも伝わりそうなプレッシャー、どれをとっても超攻撃型のファイターなのは間違いありません。
火の玉ボーイこと、五味隆典選手を連想させる程の爆発力を持っているのではないでしょうか。
喧嘩仕込みの豪快なフックは、そこから顔面に伸びていく?!という感じの…少し軌道が読みにくいものも打ち込んでいきますし、ブンブン振り回している様に見えて、しっかりと技術も駆使しているのが分かります。
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金太郎選手の印象的な試合
折角なのでアウトサイダー時代、樋口選手へのリベンジ成功の際の試合を貼っておきます。
【樋口武大vs金太郎】
2014年のアウトサイダー33戦の試合ですね
最初の方は煽りVなので、試合から観たい方は4分頃から観ると良いです(^ ^)
まとめ
いかがでしたでしょうか!
アウトサイダー出身、大阪のマサカリこと金太郎選手のご紹介でした!
壮絶な過去を背中に、己の飢えを満たす様な好戦的なファイトで、観客を沸かしまくるド派手な選手!
まだまだ若いですし、これからも十分その気性の荒さをファイトで表現してくれるのではないでしょうか。
RIZIN参戦もありますし、今後人気が沸騰する選手の一人と踏んでいますので要チェックです!
2020年のRIZIN21の試合はコチラ▼
【金太郎vs加藤ケンジ】
おまけ
未来選手がジワジワその頭角を現しはじめた2018年、金太郎選手が未来選手のツイートを下記の様に引用リツイートしました。
ありがとう!
共に頑張ろうまた練習でも👍
— 朝倉未来 Mikuru Asakura (@MikuruAsakura) December 31, 2018
それに対する未来選手のリプと金太郎選手のエールがこちら↓
ホントおめでとう㊗️❗️
パンクラスのチャンピオン
なった時は闘って下さい^_^— マサカリ金太郎 (@Kintarou0319) December 31, 2018
素敵なやりとりです…!
[…] 画像出典元:『change』 […]